新学期が始まると、子どもたちはいろんな場面で「自己紹介」をする機会が増える。
クラスが変わった初日、新しい友達に「兄弟何人いるの?」と聞かれたとき。家庭科の授業で「家族の人数を書きましょう」という課題が出たとき。
ステップファミリーの子どもにとって、こういう何気ない瞬間がちょっとしたプレッシャーになることがある。
「なんて説明すればいいんだろう」
「本当のことを言ったらどう思われるか」
「お父さんって言っていいのかな」
そんなことを、子どもなりに頭の中でぐるぐると考えているかもしれない。
でも、我が家でそのヒントをくれたのは、子どもの友達の何気ない一言だった。
「お父さんと顔似てるな」——血のつながりより、時間のつながり
ある日、継子が友達を家に連れてきて、継子の友達に出会った。
その子が開口一番こう言った。
「あ、○○のお父さん?なんか顔似てるな〜」
正直、最初は耳を疑った。
血はつながっていない。でも「似てる」と言われた。
そのとき思ったのは、夫婦って一緒に暮らしていると顔が似てくるって言うけど、子どもも同じなんちゃうか、ということだった。
毎日一緒にご飯を食べて、笑って、怒って、過ごしていくうちに、表情や雰囲気が自然と近づいていく。血じゃなくて、時間と暮らしが「親子」を作っていく。
そう思ったら、なんかじんわり嬉しくなって、その子に向かって思わずこう言ってた。
「親子やから当たり前やろ!」
ステップファミリーの子どもが「説明」に悩む理由
学校の場面では、こんな瞬間が意外と多い。
自己紹介・家族の話題
「兄弟は?」「お父さんの仕事は?」という何気ない会話の中で、どこまで話すかを子どもなりに判断しないといけない。
家庭科・道徳・授業の課題
「家族の絵を描こう」「家族インタビューをしよう」といった課題は、ステップファミリーだとちょっと複雑になる。
友達との関係
仲のいい友達には話したい、でも変に思われたくない。子ども同士の会話でも、こういう葛藤が生まれることがある。
大人からすれば「ただ事実を言えばいい」と思いがちだけど、子どもの世界では「みんなと違うこと」がプレッシャーになることも多い。
子どもが迷わないために、親がすべきたった一つのこと
いろんな対策を考えたくなるけど、結局シンプルなことに行き着く。
親が堂々と「俺の子どもや」という姿勢を見せること。
子どもは親の背中をめちゃくちゃよく見ている。
親が「ステップファミリーって言いにくいな」「どう説明しようかな」とモジモジしていたら、子どももそれを感じ取る。「うちの家族って、なんか言いにくいことなんかな」と思わせてしまう。
逆に、親が堂々と「これが俺たちの家族や」と言える空気を作っていたら、子どもも自然と「別に普通やん」と感じられる。
継子の友達に「親子やから当たり前やろ」って返せたのも、特別なことをしたわけじゃない。ただ、そこに親子がいて、それが当たり前のことだと思っていたから、自然とそう返せた。
それだけで、子どもにとっては十分なんだと思う。
「どう説明するか」より「どう感じているか」が大事
学校で家族のことを聞かれたとき、子どもに完璧な答えを用意させる必要はない。
「お父さんとは血がつながってないけど、一緒に暮らしてる家族です」なんて説明、大人でも言いにくい。
それより大事なのは、子どもが「うちの家族、別にふつうやし」と思えているかどうか。
そのためには、日常の中で親が自然に「家族」として振る舞うことの積み重ねが全てだと思う。
一緒にご飯を食べる。くだらない話で笑う。ときには怒る。送り迎えをする。友達に「親子やから当たり前やろ」って言う。
そういう何気ない日々の積み重ねが、「この人が俺の父ちゃんや」という確信を子どもの中に育てていく。
まとめ:父ちゃんが堂々としてたら、子どもも堂々とできる
新学期、ステップファミリーの子どもが「家族のことをどう説明するか」で悩むかもしれない。
でも、その答えは親が用意するものじゃない。
親が毎日「俺が父ちゃんや」という姿勢で生きていれば、子どもはそれを見て育つ。
継子の友達に「顔似てるな」と言われた日のことを、今でも思い出す。
血はつながってなくても、時間と暮らしは確かに「親子」を作っていく。
それだけで、十分やと思う。


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