6人家族の洗濯を回す話 できる人が、できるときにやればいい

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洗濯は毎日ある。

6人分となると、それなりのボリュームだ。冬場は厚手のものばかりで、一回では洗濯機に入りきらないこともある。夏でも干す場所がギリギリで、なんとかかき分けながら干していく。

でも、それでいいと思っている。

これをやるから、子どもたちが部活に行ける。妻が仕事に行ける。それだけで十分だ。

最初は「母ちゃんの仕事」をやることから始めた

ステップファミリーになって、意識的に家事をやるようにした時期があった。

今まで妻が一人でやってきたこと、いわば「母ちゃんの仕事」を一緒にやることで、子どもたちとの距離が縮まっていった。一緒に動くことで、家族としての空気が少しずつできていった。

ただ、やりすぎはよくない。これも実感として学んだことだ。

妻が洗濯をしているとき、「俺がやってあげる」と割り込むのはかえってストレスになる。自分のペースでやっていることを途中で奪われるのは、誰だってやりにくい。家事には、それぞれのやり方とリズムがある。

うちの家事分担のスタンス

今のうちは「できる人が、できるときにやる」というスタンスに落ち着いた。

ルールらしいルールは決めていない。誰が洗濯をするとか、誰が料理をするとか、そういう割り振りはない。その日の状況で、動ける人が動く。

俺が意識しているのは、三つだけだ。

頼まれたら絶対に断らない

妻から「洗濯物たたんどいて」と言われたら、必ずやる。「後で」も「今は無理」もない。頼まれたことを断らないだけで、相手の信頼感は全然違う。

やり方に文句を言わない

洗濯物のたたみ方とか、干し方とか、人によってやり方は違う。自分のやり方と違っても、口は出さない。家事をしてくれていること自体がありがたいのに、そこにケチをつけたら次からやる気がなくなる。

感謝の気持ちを持つ

これが一番大事かもしれない。「やって当たり前」と思った瞬間に、家事は義務になる。相手が動いてくれたとき、小さくても「ありがとう」を言う。それだけで家の空気が全然違う。

6人分の洗濯、冬は特に大変

冬場の洗濯は正直しんどい。

ダウンジャケット、フリース、厚手のパーカー。一枚一枚がかさばるから、洗濯機に全部は入らない。必然的に2回、3回と回すことになる。

夏はまた別の大変さがある。量はそこまで多くなくても、干すスペースが足りなくなる。ハンガーをぎゅうぎゅうに詰めながら、なんとか全部干していく。

でも、それが日常だ。

6人いれば6人分の汚れ物が出る。それを誰かが洗って、干して、たたむ。当たり前のことを当たり前にやり続けることが、家族が毎日動けることに繋がっている。

これをやるから、みんなが動ける

子どもたちが朝から部活に行けるのは、ユニフォームが洗ってあるからだ。

妻が仕事に行けるのは、必要なものが整っているからだ。

家事って、誰かが見てくれているわけじゃない。やって当然、気づかれなくて当然の仕事だ。でも、それがなくなった瞬間に家族の日常は止まる。

俺はそれがわかっているから、洗濯を回すことが嫌じゃない。むしろ、これをやることで家族が動いているんだと思えば、それだけで満足だ。

まとめ:家事は「できる人が、できるときに」でいい

6人家族の洗濯は、毎日のことだから完璧にやろうとしなくていいと思っている。

できる人が、できるときに動く。頼まれたら断らない。やり方に口を出さない。感謝を忘れない。

それだけで、家の中の空気はずいぶん変わる。

冬の厚手の洗濯物が一回で入りきらない日も、夏に干す場所がなくなる日も、それが6人家族の日常だ。

そのめんどくさい日常を回し続けることが、家族みんなの毎日を支えている。

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