「宿題やったの?」
この一言、何回言っただろう。言うたびに気まずい空気になって、子どもはムスッとして、こっちもイライラする。それでいて結局やらない。
うちには子どもが四人いる。それぞれ性格が全然違うし、宿題への向き合い方もバラバラだ。
長男は言わなくても自分でやる。次男は進路を意識し始めてから急にやる気が出た。三男はひたすら好きなことで遊んでいる。
この三人を見てきて、俺なりに一つ気づいたことがある。「言ったところで、やる子はやるし、やらない子はやらない」。これが答えだと思っている。
「今やろうと思ってたのに」問題
親が「宿題やれ」と言うタイミングって、大抵最悪だと思う。子どもがゲームしてたり、ダラダラしてたり、そういうときに声をかけたくなる。気持ちはわかる。俺もそうだった。
でも、子どもの立場から考えてみると。「今からやろうと思ってたのに言われた」。この感覚、大人にも絶対あると思う。自分で動こうとしていた矢先に「早くしろ」と言われると、一気にやる気がなくなる。
俺自身がそのタイプだ。自分で決めてやることには全力で取り組めるけど、外から「やれ」と言われた途端にやる気が消える。子どもも同じだと思う。
「宿題やれ」と言うことで、親は子どものやる気の芽を摘んでいることがある。そこに気づいてから、俺は言い方を変えた。
うちの子三人、宿題との向き合い方が全員違う
長男:言わなくても自分でやる
長男は、言わなくても最低限のことは自分でやる子だった。宿題もそうだし、提出物もそうだし、忘れ物も自分で管理している。
こういう子に「宿題やったか」と聞くのは、むしろ失礼だと思っている。信頼を示すためにも、何も言わないのが正解だった。
次男:進路が見えてから急に変わった
次男は正直、宿題に関してはゆっくりタイプだった。でも進路を考えるようになった時期から、急に勉強へのスイッチが入った。
自分の将来と勉強がつながった瞬間、子どもは変わる。外から何を言っても動かなかったのに、自分の中に理由ができた途端に動き出した。これを見て、「やっぱり自分で決めることが一番強い」と確信した。
三男:今は好きなことに全力
三男は今、ひたすら好きなことで遊んでいる。宿題よりも遊びの方が全力だ。
これはこれでいいと思っている。好きなことに全力になれる子は、そのうち勉強にも全力になれる時期が来る。今の段階で「宿題やれ」と言って、その全力さを壊す必要はない。
「ご褒美で釣る」作戦を考えて、やめた理由
正直に言うと、こんなことを考えたことがある。「テストで点数よかったら小遣い上げようか」。モチベーションになるかなと思った。でも、すぐにやめた。
その方法の問題点は、ご褒美があるときしか頑張らなくなることだ。小遣いのために勉強する子が育ったとして、それが将来どこまで続くか。社会に出たとき、誰かが「頑張ったらご褒美あげます」と言ってくれるわけじゃない。
自分の中にやる気の軸がある子を育てたい。そう思ったら、外側からご褒美でコントロールするのは違うと思った。
俺が今やっていること:毎日の日常会話
「宿題やれ」と言うのをやめた代わりに、俺がやっていることがある。毎日、学校のことを聞く。
「今日どうやった?」「友達とは何して遊んどったん?」「給食なんやった?」
勉強の話を直接するんじゃなくて、学校生活全体について話すようにしている。この会話の中で、たまに「授業どうやった?」「テスト近いの?」という話が自然に出てくる。そうすると子ども自身が「そういえば宿題あったわ」と言い出すことがある。
俺が言うんじゃなくて、子ども自身が気づく。このプロセスが大事だと思っている。
宿題をやらせることより、大事なこと
子どもに宿題をやらせることよりも、俺が大事だと思っていることがある。「自分で決めてやる習慣」を壊さないこと。
宿題をやることは目的じゃない。自分でやるべきことを判断して、自分で動ける人間になることが目的だ。
毎回「宿題やれ」と言い続けることで、子どもが自分で考えるタイミングを奪ってしまう。子どもが「やろうかな」と思った瞬間を、大人が先取りしてしまう。それよりも、見守りながら日常的に関わる方が、長い目で見て効いてくると思っている。
まとめ
- 「宿題やれ」は、やる気を引き出すより、やる気を削ることの方が多い
- 自分で決めてやることには人は動く、外から言われると動けない
- ご褒美で釣る方法は短期的にしか効かない
- 見守りつつ、毎日の日常会話で学校生活に関わり続けることが俺のやり方
- 宿題そのものより「自分で動ける習慣」を守ることの方が大事
「宿題やったの?」と言いたくなる気持ち、めちゃくちゃわかります。でも、その一言を飲み込んで、今日の学校の話を聞いてみてください。そっちの方が、子どもとの関係も、やる気も、両方うまくいく気がしています。


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