継子の卒業式・入学式に、継父として参加して思うこと

ステップファミリー

「継父の自分が行っていいのだろうか」

そう迷っている人がいたら、俺はこう言いたい。

当たり前のことやから、行け。

俺は継子たちの行事に参加してきた。
迷いはなかった。俺が父親として行っているんだから、それでいい。
ただ、そのことについて少し書いてみたいと思う。

「行っていいのか」と迷う必要はない

ステップファミリーの継父が、学校行事への参加を迷う理由として一番多いのが「自分は実の父親じゃないから」というものだと思う。

でも、考えてみてほしい。

今この瞬間、子どもと一緒に暮らして、毎日ご飯を食べて、叱って、笑って、育てているのは誰か。

実の父親かどうかより、今ここで父親をやっているかどうかの方がずっと大事だと思っている。

俺は継子たちに対して、実の父ではない。
でも今の育て親だ。
それだけで、行く理由としては十分すぎる。

「実父と鉢合わせたら」という不安について

継父が卒業式・入学式への参加を迷う理由としてよく聞くのが、「実父と鉢合わせたら気まずい」というものだ。

うちは実父との関わりがないので、実際に式で顔を合わせたことはない。
ただ、俺はこう思っている。

もし会ったとしても、「○○は元気にしてますよ」と言えるくらいの心構えでいればいい。

実父に対して敵意を持つ必要はないし、こちらが引け目を感じる必要もない。
そして俺は、子どもたちに「実父と会うな」とも言っていない。

むしろ、向こうに今の家庭がなくて、子どもが会いたいと思うなら会えばいいと思っている。

子どもにとって、実父は実父だ。それは変わらない。
俺は俺の役割を全うするだけで、実父の存在を消す必要はどこにもない。

継父と実父は対立する存在じゃなくて、それぞれが子どもの人生に存在していてもいい。

子どもたちの反応

式に参加したとき、継子たちはどんな顔をしていたか。

どことなく、嬉しそうだった。

「来てくれて当然」という顔でも、「来なくていいのに」という顔でもなく、どことなくほっとしているような、嬉しそうな顔だった。

子どもは正直だ。
来てほしくなければ、ちゃんとそういう空気を出す。
嬉しければ、ちゃんとそれも伝わってくる。

あの顔を見るだけで、行ってよかったと思う。

先生たちも、ちゃんと見ている

学校の先生たちは、子どもの家庭事情をある程度把握していると思う。

誰が育て親で、どういう家族構成で、どんな環境で育っているか。
子どもから話を聞いていたり、書類の情報から把握していたりする。

そのうえで、親がどういう姿勢で子どもの教育に関わっているかも見ていると俺は思っている。

式に来る、来ない。
来たときにどんな顔をしているか。
子どもとどんな関係性かが滲み出る。

だから、中途半端な顔で来るよりも、堂々と父親として来る方がいい。
先生たちへの信頼にもつながると思っている。

継父として、何を見せるか

卒業式や入学式は、子どもにとって特別な日だ。

そこに親が来るということ自体が、子どもへのメッセージになる。

「お前の大事な日に、俺はここにいるよ」

それを言葉で言わなくても、式に来るという行動が伝えてくれる。

継父だから遠慮する必要はない。
継父だからこそ、堂々と父の背中を見せてやればいい。

血がつながっているかどうかより、その日そこにいたかどうかの方が、子どもの記憶に残る。

まとめ

  • 「行っていいのか」と迷っているなら、行け。今の育て親なら当たり前のことだ
  • 実父との鉢合わせが不安な人は、敵意も引け目も持たなくていい。「元気にしてますよ」と言えるくらいの心構えでいれば十分
  • 実父の存在を消す必要はない。子どもが会いたいなら会えばいい
  • 子どもは来てほしい親の参加をちゃんと喜ぶ
  • 先生たちも見ている。堂々と父として来ることが、子どもへの一番のメッセージになる

心配している人に伝えたい。

大丈夫。堂々と、父の背中を見せに行けばいい。

継父として学校行事に参加した経験、ぜひ聞かせてもらえたら嬉しいです。

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