再婚が決まったとき、正直なところ、子どもたちとの「初めての出会い」が一番怖かった。
パートナーのことは好きだった。一緒にいると安心できたし、この人と家族になりたいと心から思っていた。でも、その「家族」には、すでに子どもたちがいる。彼らにとって私は、お父さんの隣に突然現れた見知らぬ大人だ。
出会いの前夜――不安でいっぱいだった
「嫌われたらどうしよう」「無視されたら」「泣かれたら」――そんなことばかり考えていた。
前日の夜、なかなか眠れなかった。明日どんな顔をすればいいのか、何を話せばいいのか、頭の中でシミュレーションを繰り返した。でも考えれば考えるほど、正解がわからなくなっていった。結局「とにかく笑顔でいよう」という結論しか出なかった。
初めて会った日のこと
初めて会ったのは、妻(当時彼女)の家だった。パートナーが「気軽な場所がいい」と提案してくれて、私もそれに甘えた。
子どもたちは当時、長男が中1、次男が小5、三男が小1だった。家の前に立ち深呼吸をして恐る恐るインターホンを鳴らした。長男と次男は私の顔をちらっと見て、すぐ目をそらした。三男はじっとこちらを見ていた。
私は「こんにちは」と言った。声が少し上ずった気がした。
上の子二人はは小さな声で「…こんにちは」と返してくれた。下の子は何も言わず、ただ見ていた。
その沈黙が、妙に長く感じた。
「好かれよう」とした自分の失敗
食事が始まってから、私はとにかく話しかけた。好きなゲームのこと、学校のこと、好きな食べ物のこと。今思えば、必死すぎた。
上の子2人は短く答えてくれたが、どこか壁を感じた。下の子はハンバーグに夢中で、私の存在などほとんど眼中にない様子だった。
「あ、これは焦っちゃいけないやつだ」
食事の途中でそう気づいた。私が一生懸命になればなるほど、子どもたちは引いていく。好かれようとしている自分が、子どもたちにはたぶん丸見えだった。
帰り際、三男がパートナーに「あのおじさん、またくる?」と聞いた。パートナーは笑いながら「そうだよ」と答えた。三男は「ふーん」と言って歩いていった。
「おじさん」か、と思った。なんだか少し寂しかったけれど、それが正直な距離感だったんだと今はわかる。
あの日感じた、複雑な感情
家に帰って一人になったとき、いろんな感情が混ざり合っていた。
「うまくいかなかった」という焦り。「でもまあ初回だし」という言い訳。「本当に自分にできるんだろうか」という不安。そして、「それでもあの子たちのことが、なんか愛おしいな」という、自分でも驚くような感覚。
特に三男が「おじさん、またくる?」と聞いてくれたこと。あれは拒絶じゃなかった。ただ確認したかっただけだと思う。それが妙に嬉しかった。
子どもは正直だ。好きじゃなければ何も聞かない。
「親になろう」より「信頼できる大人になろう」と決めた
あの日以来、私は一つのことを心に決めた。「すぐに親になろうとしない」ということだ。
子どもたちにはすでに父親がいる。私が「お父さん」の代わりになる必要はないし、そうなれるとも思っていない。ただ、「この人といると安心する」「困ったとき頼れる」そう思ってもらえる大人になれれば十分だと思った。
焦らない。比べない。押しつけない。それが私のスタンスになった。
あれから1年――少しずつ変わってきたこと
あの初めての出会いから、もう1年以上が経つ。今では三男が「ねえねえ」と話しかけてきてくれるようになったし、上の子たちも少しずつ心を開いてくれている気がする。
完璧な家族には程遠い。でも、少しずつ「私たちの形」ができてきている。
もしこれを読んでいるあなたが、同じように子どもとの初対面を前に緊張しているなら、伝えたいことがある。
焦らなくていい。好かれようとしなくていい。ただそこにいて、誠実でいるだけで、子どもはちゃんと見ている。
それだけで、きっと十分だと思う。


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